もう今後の子孫の運は仏神にお頼みするばかりであるとして入道は行ってしまうのであった。近年はもう京の家族も順調に行っていることに安心して、使いを出してみることもなかったのである。京から使いが送られた時にだけ短いたよりを尼君へ書いて来た。入道はいよいよ明石を立つ時に、娘の明石夫人へ手紙を書いた。
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この幾年間はあなたと同じ世界にいながらすでに他界で生存するもののような気持ちでたいしたことのない限りはおたよりを聞こうともしませんでした。仮名書きの物を読むのは目に時間がかかり、念仏を怠ることになり、無益《むやく》であるとしたのです。またこちらのたよりもあげませんでしたが、承ると姫君が東宮の後宮へはいられ、そして男宮をお生み申されたそうで、私は深くおよろこびを申し上げる。その理由はみじめな僧の身で今さら名利を思うのではありません。過去の私は恩愛の念から離れることができず、六時の勤行をいたしながらも、仏に願うことはただあなたに関することで、自身の浄土往生の願いは第二にしていましたが、初めから言えば、あなたが生まれてくる年の二月の某日の夜の夢に、こんなことを見たのです、私自身は須弥山《しゅみせん》を右の手にささげているのです。その山の左右から月と日の光がさしてあたりを照らしています。私には山の陰影《かげ》が落ちて光のさしてくることはないのです。私はその山を広い海の上に浮かべて置いて、自身は小さい船に乗って西のほうをさして行くので終わったのです。その夢のさめた朝から私の心にはある自信ができたのですが、何によってそうした夢に象徴されたような幸福に近づきうるかという見当がつかなかったところ、ちょうどそのころから母の胎に妊《はら》まれたのがあなたです。普通の書物にも仏典にも夢を信じてよいことが多く書かれてありますから、無力な親でいてあなたをたいせつなものにして育てていましたが、そのために物質的に不足なことのないようにと京の生活をやめて地方官の中へはいったのです。ここでまた私の身の上に悪いことが起こり、しまいに土着して出家の人になり、あなたは姫君をお生みになったそのころのことは知っておいでになるとおりです。その時代に私は多くの願を立てていましたが、皆神仏のお容《い》れになることになり、あなたは幸福な人になられました。姫君が国の母の御位《みくらい》をお占めになった暁には
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