せにならないで、そのうち馴《な》れてくるであろうからと見ておいでになった。大将は帝が曹司へおいでになったと聞いて危険がることがいよいよ急になって、退出を早くするようにとしきりに催促をしてきた。もっともらしい口実も作って実父の大臣を上手《じょうず》に賛成させ、いろいろと策動した結果、ようやく今夜退出する勅許を得た。
「今夜あなたの出て行くのを許さなければ、懲りてしまって、これきりあなたをよこしてくれない人があるからね。だれよりも先にあなたを愛した人が、人に負けて、勝った男の機嫌《きげん》をとるというようなことをしている。昔の何とかいった男(時平に妻を奪われた平貞文《たいらのさだふみ》の歌、昔せしわがかねごとの悲しきはいかに契りし名残《なごり》なるらん)のように、まったく悲観的な気持ちになりますよ」
と仰せになって、真底《しんそこ》からくやしいふうをお見せになった。聞こし召したのに数倍した美貌《びぼう》の持ち主であったから、初めにそうした思召しはなくっても、この人を御覧になっては公職の尚侍としてだけでお許しにならなかったであろうと思われるが、まして初めの事情がそうでもなかったのであったか
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