らしいが、よい将来のこもった字で感じよく書かれてある。

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日かげにもしるかりけめや少女子《をとめご》が天の羽袖にかけし心は
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 姉と弟がこの手紙をいっしょに読んでいる所へ思いがけなく父の惟光大人が出て来た。隠してしまうこともまた恐ろしくてできぬ若い姉弟《きょうだい》であった。
「それは、だれの手紙」
 父が手に取るのを見て、姉も弟も赤くなってしまった。
「よくない使いをしたね」
 としかられて、逃げて行こうとする子を呼んで、
「だれから頼まれた」
 と惟光が言った。
「殿様の若君がぜひっておっしゃるものだから」
 と答えるのを聞くと、惟光は今まで怒っていた人のようでもなく、笑顔《えがお》になって、
「何というかわいいいたずらだろう。おまえなどは同い年でまだまったくの子供じゃないか」
 とほめた。妻にもその手紙を見せるのであった。
「こうした貴公子に愛してもらえば、ただの女官のお勤めをさせるより私はそのほうへ上げてしまいたいくらいだ。殿様の御性格を見ると恋愛関係をお作りになった以上、御自身のほうから相手をお捨てになることは絶対にないようだ。私も明石《あかし》の入道になるかな」
 などと惟光は言っていたが、子供たちは皆立って行ってしまった。
 若君は雲井の雁へ手紙を送ることもできなかった。二つの恋をしているが、一つの重いほうのことばかりが心にかかって、時間がたてばたつほど恋しくなって、目の前を去らない面影の主に、もう一度逢うということもできぬかとばかり歎《なげ》かれるのである。祖母の宮のお邸《やしき》へ行くこともわけなしに悲しくてあまり出かけない。その人の住んでいた座敷、幼い時からいっしょに遊んだ部屋などを見ては、胸苦しさのつのるばかりで、家そのものも恨めしくなって、また勉強所にばかり引きこもっていた。源氏は同じ東の院の花散里《はなちるさと》夫人に、母としての若君の世話を頼んだ。
「大宮はお年がお年だから、いつどうおなりになるかしれない。お薨《かく》れになったあとのことを思うと、こうして少年時代から馴《な》らしておいて、あなたの厄介《やっかい》になるのが最もよいと思う」
 と源氏は言うのであった。すなおな性質のこの人は、源氏の言葉に絶対の服従をする習慣から、若君を愛して優しく世話をした。若君は養母の夫人の顔をほのかに見る
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