源氏物語
乙女
紫式部
與謝野晶子訳

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)雁《かり》なく

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)式部|大輔《だゆう》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「風+(火/(火+火)」、第3水準1−94−8]

 [#…]:返り点
 (例)孟嘗遭[#二]雍門[#一]
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[#地から3字上げ]雁《かり》なくやつらをはなれてただ一つ初恋
[#地から3字上げ]をする少年のごと     (晶子)

 春になって女院の御一周年が過ぎ、官人が喪服を脱いだのに続いて四月の更衣期になったから、はなやかな空気の満ち渡った初夏であったが、前斎院はなお寂しくつれづれな日を送っておいでになった。庭の桂《かつら》の木の若葉がたてるにおいにも若い女房たちは、宮の御在職中の加茂の院の祭りのころのことを恋しがった。源氏から、神の御禊《みそぎ》の日もただ今はお静かでしょうという挨拶《あいさつ》を持った使いが来た。
[#ここから1字下げ]
今日こんなことを思いました。

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かけきやは川瀬の波もたちかへり君が御禊《みそぎ》の藤《ふぢ》のやつれを
[#ここで字下げ終わり]

 紫の紙に書いた正しい立文《たてぶみ》の形の手紙が藤の花の枝につけられてあった。斎院はものの少し身にしむような日でおありになって、返事をお書きになった。

[#ここから2字下げ]
藤衣きしは昨日《きのふ》と思ふまに今日《けふ》はみそぎの瀬にかはる世を

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はかないものと思われます。
[#ここで字下げ終わり]
 とだけ書かれてある手紙を、例のように源氏は熱心にながめていた。斎院が父宮の喪の済んでお服直しをされる時も、源氏からたいした贈り物が来た。女王《にょおう》はそれをお受けになることは醜いことであるというように言っておいでになったが、求婚者としての言葉が添えられていることであれば辞退もできるが、これまで長い間何かの場合に公然の進物を送り続けた源氏であって、親切からすることであるから返却のしようがないように言って女房たちは困っていた。女五《にょご》の宮《みや》のほうへもこんなふうにして始終物質的に御補助をする源氏で
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