、近い所へ人も寄せないような警戒ぶりであったから、羞恥《しゅうち》心の多い年ごろのこの人は歎息《たんそく》するばかりで、それきりにしてしまった。美貌《びぼう》であったことが忘られなくて、恨めしい人に逢われない心の慰めにはあの人を恋人に得たいと思っていた。
 五節の舞い姫は皆とどまって宮中の奉仕をするようとの仰せであったが、いったんは皆退出させて、近江守《おうみのかみ》のは唐崎《からさき》、摂津守の子は浪速《なにわ》で祓《はら》いをさせたいと願って自宅へ帰った。大納言も別の形式で宮仕えに差し上げることを奏上した。左衛門督《さえもんのかみ》は娘でない者を娘として五節に出したということで問題になったが、それも女官に採用されることになった。惟光《これみつ》は典侍《ないしのすけ》の職が一つあいてある補充に娘を採用されたいと申し出た。源氏もその希望どおりに優遇をしてやってもよいという気になっていることを、若君は聞いて残念に思った。自分がこんな少年でなく、六位級に置かれているのでなければ、女官などにはさせないで、父の大臣に乞《こ》うて同棲《どうせい》を黙認してもらうのであるが、現在では不可能なことである。恋しく思う心だけも知らせずに終わるのかと、たいした思いではなかったが、雲井の雁を思って流す涙といっしょに、そのほうの涙のこぼれることもあった。五節の弟で若君にも丁寧に臣礼を取ってくる惟光の子に、ある日逢った若君は平生以上に親しく話してやったあとで言った。
「五節はいつ御所へはいるの」
「今年のうちだということです」
「顔がよかったから私はあの人が好きになった。君は姉さんだから毎日見られるだろうからうらやましいのだが、私にももう一度見せてくれないか」
「そんなこと、私だってよく顔なんか見ることはできませんよ。男の兄弟だからって、あまりそばへ寄せてくれませんのですもの、それだのにあなたなどにお見せすることなど、だめですね」
 と言う。
「じゃあ手紙でも持って行ってくれ」
 と言って、若君は惟光《これみつ》の子に手紙を渡した。これまでもこんな役をしてはいつも家庭でしかられるのであったがと迷惑に思うのであるが、ぜひ持ってやらせたそうである若君が気の毒で、その子は家へ持って帰った。五節は年よりもませていたのか、若君の手紙をうれしく思った。緑色の薄様《うすよう》の美しい重ね紙に、字はまだ子供
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