ですよ」
内大臣はこう言いながら笛を若君へ渡した。若々しく朗らかな音《ね》を吹き立てる笛がおもしろいためにしばらく絃楽のほうはやめさせて、大臣はぎょうさんなふうでなく拍子を取りながら、「萩《はぎ》が花ずり」(衣がへせんや、わが衣は野原|篠原《しのはら》萩の花ずり)など歌っていた。
「太政大臣も音楽などという芸術がお好きで、政治のほうのことからお脱《ぬ》けになったのですよ。人生などというものは、せめて好きな楽しみでもして暮らしてしまいたい」
と言いながら甥《おい》に杯を勧めなどしているうちに暗くなったので灯《ひ》が運ばれ、湯|漬《づ》け、菓子などが皆の前へ出て食事が始まった。姫君はもうあちらへ帰してしまったのである。しいて二人を隔てて、琴の音すらも若君に聞かせまいとする内大臣の態度を、大宮の古女房たちはささやき合って、
「こんなことで近いうちに悲劇の起こる気がします」
とも言っていた。
大臣は帰って行くふうだけを見せて、情人である女の部屋にはいっていたが、そっとからだを細くして廊下を出て行く間に、少年たちの恋を問題にして語る女房たちの部屋があった。不思議に思って立ち止まって聞くと、それは自身が批評されているのであった。
「賢がっていらっしゃっても甘いのが親ですね。とんだことが知らぬ間に起こっているのですがね。子を知るは親にしかずなどというのは嘘《うそ》ですよ」
などこそこそと言っていた。情けない、自分の恐れていたことが事実になった。打っちゃって置いたのではないが、子供だから油断をしたのだ。人生は悲しいものであると大臣は思った。すべてを大臣は明らかに悟ったのであるが、そっとそのまま出てしまった。前駆がたてる人払いの声のぎょうさんなのに、はじめて女房たちはこの時間までも大臣がここに留まっていたことを知ったのである。
「殿様は今お帰りになるではありませんか。どこの隅《すみ》にはいっておいでになったのでしょう。あのお年になって浮気《うわき》はおやめにならない方ね」
と女房らは言っていた。内証話をしていた人たちは困っていた。
「あの時非常にいいにおいが私らのそばを通ったと思いましたがね、若君がお通りになるのだとばかり思っていましたよ。まあこわい、悪口がお耳にはいらなかったでしょうか。意地悪をなさらないとも限りませんね」
内大臣は車中で娘の恋愛のことばかりが考えられ
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