じて到着の日の一行の饗応《きょうおう》をさせたのであった。自身で訪《たず》ねて行くことは、機会を作ろう作ろうとしながらもおくれるばかりであった。源氏に近い京へ来ながら物思いばかりがされて、女は明石《あかし》の家も恋しかったし、つれづれでもあって、源氏の形見の琴《きん》の絃《いと》を鳴らしてみた。非常に悲しい気のする日であったから、人の来ぬ座敷で明石がそれを少し弾《ひ》いていると、松風の音が荒々しく合奏をしかけてきた。横になっていた尼君が起き上がって言った。

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身を変へて一人帰れる山里に聞きしに似たる松風ぞ吹く
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 女《むすめ》が言った。

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ふるさとに見し世の友を恋ひわびてさへづることを誰《たれ》か分くらん
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 こんなふうにはかながって暮らしていた数日ののちに、以前にもまして逢《あ》いがたい苦しさを切に感じる源氏は、人目もはばからずに大井へ出かけることにした。夫人にはまだ明石の上京したことは言ってなかったから、ほかから耳にはいっては気まずいことになると思って、源氏は女房を使いにして言わせた
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