しむものに見た明石の浦の朝霧に船の隔たって行くのを見る入道の心は、仏弟子《ぶつでし》の超越した境地に引きもどされそうもなかった。ただ呆然《ぼうぜん》としていた。
 長い年月を経て都へ帰ろうとする尼君の心もまた悲しかった。

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かの岸に心寄りにし海人船《あまぶね》のそむきし方に漕《こ》ぎ帰るかな
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 と言って尼君は泣いていた。明石は、

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いくかへり行きかふ秋を過ごしつつ浮き木に乗りてわれ帰るらん
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 と言っていた。追い風であって、予定どおりに一行の人は京へはいることができた。車に移ってから人目を引かぬ用心をしながら大井の山荘へ行ったのである。
 山荘は風流にできていて、大井川が明石でながめた海のように前を流れていたから、住居《すまい》の変わった気もそれほどしなかった。明石の生活がなお近い続きのように思われて、悲しくなることが多かった。増築した廊なども趣があって園内に引いた水の流れも美しかった。欠点もあるが住みついたならきっとよくなるであろうと明石の人々は思った。源氏は親しい家司《けいし》に命
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