行き逢《あ》ふみちを頼みしもなほかひなしや塩ならぬ海
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あなたの関守《せきもり》がどんなにうらやましかったか。
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という手紙である。
「あれから長い時間がたっていて、きまりの悪い気もするが、忘れない私の心ではいつも現在の恋人のつもりでいるよ。でもこんなことをしてはいっそう嫌《きら》われるのではないかね」
こう言って源氏は渡した。佐はもったいない気がしながら受け取って姉の所へ持参した。
「ぜひお返事をしてください。以前どおりにはしてくださらないだろう、疎外されるだろうと私は覚悟していましたが、やはり同じように親切にしてくださるのですよ。この使いだけは困ると思いましたけれど、お断わりなどできるものじゃありません。女のあなたがあの御愛情にほだされるのは当然で、だれも罪とは考えませんよ」
などと右衛門佐は姉に言うのであった。今はましてがらでない気がする空蝉《うつせみ》であったが、久しぶりで得た源氏の文字に思わずほんとうの心が引き出されたか返事を書いた。
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逢坂《あふさか》の関やいかなる関なれば繁《しげ》きなげきの中を分くらん
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夢のような気がいたしました。
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とある。恨めしかった点でも、恋しかった点でも源氏には忘れがたい人であったから、なおおりおりは空蝉の心を動かそうとする手紙を書いた。そのうち常陸介《ひたちのすけ》は老齢のせいか病気ばかりするようになって、前途を心細がり、悲観してしまい、息子《むすこ》たちに空蝉のことばかりをくどく遺言していた。
「何もかも私の妻の意志どおりにせい。私の生きている時と同じように仕えねばならん」
と繰り返すのである。空蝉は薄命な自分はこの良人《おっと》にまで死別して、またも険《けわ》しい世の中に漂泊《さす》らえるのであろうかと歎《なげ》いている様子を、常陸介は病床に見ると死ぬことが苦しく思われた。生きていたいと思っても、それは自己の意志だけでどうすることもできないことであったから、せめて愛妻のために魂だけをこの世に残して置きたい、自分の息子たちの心も絶対には信ぜられないのであるからと、言いもし、思いもして悲しんだがやはり死んでしまった。息子たちが、当分は、
「あんなに父が頼んでいったのだから」
と表面だけでも言っ
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