は聞かせる人がないでしょう。とまちがいかもしれぬが私は信じているのですよ」
 などと源氏が言うと、

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年を経て待つしるしなきわが宿は花のたよりに過ぎぬばかりか
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 と低い声で女王は言った。身じろぎに知れる姿も、袖《そで》に含んだにおいも昔よりは感じよくなった気がすると源氏は思った。落ちようとする月の光が西の妻戸の開いた口からさしてきて、その向こうにあるはずの廊もなくなっていたし、廂《ひさし》の板もすっかり取れた家であるから、明るく室内が見渡された。昔のままに飾りつけのそろっていることは、忍ぶ草のおい茂った外見よりも風流に見えるのであった。昔の小説に親の作った堂を毀《こぼ》った話もあるが、これは親のしたままを長く保っていく人として心の惹《ひ》かれるところがあると源氏は思った。この人の差恥《しゅうち》心の多いところもさすがに貴女《きじょ》であるとうなずかれて、この人を一生風変わりな愛人と思おうとした考えも、いろいろなことに紛れて忘れてしまっていたころ、この人はどんなに恨めしく思ったであろうと哀れに思われた。ここを出てから源氏の訪ねて行った花
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