いことも昔のままであったなら、待たされる使いがどんなに迷惑をするかしれないと思ってそれはやめることにした。惟光も源氏がすぐにはいって行くことは不可能だと思った。
「とても中をお歩きになれないほどの露でございます。蓬《よもぎ》を少し払わせましてからおいでになりましたら」
 この惟光《これみつ》の言葉を聞いて、源氏は、

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尋ねてもわれこそ訪《と》はめ道もなく深き蓬のもとの心を
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 と口ずさんだが、やはり車からすぐに下《お》りてしまった。惟光は草の露を馬の鞭《むち》で払いながら案内した。木の枝から散る雫《しずく》も秋の時雨《しぐれ》のように荒く降るので、傘《かさ》を源氏にさしかけさせた。惟光が、
「木の下露は雨にまされり(みさぶらひ御笠《みかさ》と申せ宮城野《みやぎの》の)でございます」
 と言う。源氏の指貫《さしぬき》の裾《すそ》はひどく濡《ぬ》れた。昔でさえあるかないかであった中門などは影もなくなっている。家の中へはいるのもむき出しな気のすることであったが、だれも人は見ていなかった。
 女王《にょおう》は望みをかけて来たことの事実になったことはうれしかったが、りっぱな姿の源氏に見られる自分を恥ずかしく思った。大弐《だいに》の夫人の贈った衣服はそれまで、いやな気がしてよく見ようともしなかったのを、女房らが香を入れる唐櫃《からびつ》にしまって置いたからよい香のついたのに、その人々からしかたなしに着かえさせられて、煤《すす》けた几帳《きちょう》を引き寄せてすわっていた。源氏は座に着いてから言った。
「長くお逢いしないでも、私の心だけは変わらずにあなたを思っていたのですが、何ともあなたが言ってくださらないものだから、恨めしくて、今までためすつもりで冷淡を装っていたのですよ。しかし、三輪《みわ》の杉《すぎ》ではないが、この前の木立ちを目に見ると素通りができなくてね、私から負けて出ることにしましたよ」
 几帳《きちょう》の垂《た》れ絹を少し手であけて見ると、女王は例のようにただ恥ずかしそうにすわっていて、すぐに返辞はようしない。こんな住居《すまい》にまで訪《たず》ねて来た源氏の志の身にしむことによってやっと力づいて何かを少し言った。
「こんな草原の中で、ほかの望みも起こさずに待っていてくだすったのだから私は幸福を感じる。またあなた
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