だって、あなたの近ごろの心持ちもよく聞かないままで、自分の愛から推して、愛を持っていてくださると信じて訪ねて来た私を何と思いますか。今日まであなたに苦労をさせておいたことも、私の心からのことでなくて、その時は世の中の事情が悪かったのだと思って許してくださるでしょう。今後の私が誠実の欠けたようなことをすれば、その時は私が十分に責任を負いますよ」
 などと、それほどに思わぬことも、女を感動さすべく源氏は言った。泊まって行くこともこの家の様子と自身とが調和の取れないことを思って、もっともらしく口実を作って源氏は帰ろうとした。自身の植えた松ではないが、昔に比べて高くなった木を見ても、年月の長い隔たりが源氏に思われた。そして源氏の自身の今日の身の上と逆境にいたころとが思い比べられもした。

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「藤波《ふじなみ》の打ち過ぎがたく見えつるはまつこそ宿のしるしなりけれ
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 数えてみればずいぶん長い月日になることでしょうね。物哀れになりますよ。またゆるりと悲しい旅人だった時代の話も聞かせに来ましょう。あなたもどんなに苦しかったかという辛苦の跡も、私でなくては聞かせる人がないでしょう。とまちがいかもしれぬが私は信じているのですよ」
 などと源氏が言うと、

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年を経て待つしるしなきわが宿は花のたよりに過ぎぬばかりか
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 と低い声で女王は言った。身じろぎに知れる姿も、袖《そで》に含んだにおいも昔よりは感じよくなった気がすると源氏は思った。落ちようとする月の光が西の妻戸の開いた口からさしてきて、その向こうにあるはずの廊もなくなっていたし、廂《ひさし》の板もすっかり取れた家であるから、明るく室内が見渡された。昔のままに飾りつけのそろっていることは、忍ぶ草のおい茂った外見よりも風流に見えるのであった。昔の小説に親の作った堂を毀《こぼ》った話もあるが、これは親のしたままを長く保っていく人として心の惹《ひ》かれるところがあると源氏は思った。この人の差恥《しゅうち》心の多いところもさすがに貴女《きじょ》であるとうなずかれて、この人を一生風変わりな愛人と思おうとした考えも、いろいろなことに紛れて忘れてしまっていたころ、この人はどんなに恨めしく思ったであろうと哀れに思われた。ここを出てから源氏の訪ねて行った花
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