王を女房たちはなだめかねて心細い思いをしていた。源氏の使っていた手道具、常に弾《ひ》いていた楽器、脱いで行った衣服の香などから受ける感じは、夫人にとっては人の死んだ跡のようにはげしいものらしかった。夫人のこの状態がまた苦労で、少納言は北山の僧都《そうず》に祈祷《きとう》のことを頼んだ。北山では哀れな肉親の夫人のためと、源氏のために修法《しゅほう》をした。夫人の歎《なげ》きの心が静まっていくことと、幸福な日がまた二人の上に帰ってくることを仏に祈ったのである。二条の院では夏の夜着類も作って須磨へ送ることにした。無位無官の人の用いる※[#「糸+兼」、第3水準1−90−17]《かとり》の絹の直衣《のうし》、指貫《さしぬき》の仕立てられていくのを見ても、かつて思いも寄らなかった悲哀を夫人は多く感じた。鏡の影ほどの確かさで心は常にあなたから離れないだろうと言った、恋しい人の面影はその言葉のとおりに目から離れなくても、現実のことでないことは何にもならなかった。源氏がそこから出入りした戸口、よりかかっていることの多かった柱も見ては胸が悲しみでふさがる夫人であった。今の悲しみの量を過去の幾つの事に比べて
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