っているこのごろの源氏は、急にその人を訪《と》うてやりたくなった心はおさえきれないほどのものだったから、五月雨《さみだれ》の珍しい晴れ間に行った。目だたない人数を従えて、ことさら簡素なふうをして出かけたのである。中川辺を通って行くと、小さいながら庭木の繁《しげ》りようなどのおもしろく見える家で、よい音のする琴を和琴《わごん》に合わせて派手《はで》に弾《ひ》く音がした。源氏はちょっと心が惹《ひ》かれて、往来にも近い建物のことであるから、なおよく聞こうと、少しからだを車から出してながめて見ると、その家の大木の桂《かつら》の葉のにおいが風に送られて来て、加茂の祭りのころが思われた。なんとなく好奇心の惹《ひ》かれる家であると思って、考えてみると、それはただ一度だけ来たことのある女の家であった。長く省みなかった自分が訪《たず》ねて行っても、もう忘れているかもしれないがなどと思いながらも、通り過ぎる気にはなれないで、じっとその家を見ている時に杜鵑《ほととぎす》が啼《な》いて通った。源氏に何事かを促すようであったから、車を引き返させて、こんな役に馴《な》れた惟光《これみつ》を使いにやった。
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