の悲しみがありました時、すぐにそういたしましては人騒がせにもなりますし、それでまた私自身も取り乱しなどしてはと思いまして」
例の命婦《みょうぶ》がお言葉を伝えたのである。源氏は御簾《みす》の中のあらゆる様子を想像して悲しんだ。おおぜいの女の衣摺《きぬず》れなどから、身もだえしながら悲しみをおさえているのがわかるのであった。風がはげしく吹いて、御簾の中の薫香《くんこう》の落ち着いた黒方香《くろぼうこう》の煙も仏前の名香のにおいもほのかに洩《も》れてくるのである。源氏の衣服の香もそれに混じって極楽が思われる夜であった。東宮のお使いも来た。お別れの前に東宮のお言いになった言葉などが宮のお心にまた新しくよみがえってくることによって、冷静であろうとあそばすお気持ちも乱れて、お返事の御挨拶を完全にお与えにならないので、源氏がお言葉を補った。だれもだれも常識を失っているといってもよいほど悲しみに心を乱しているおりからであるから、不用意に秘密のうかがわれる恐れのある言葉などは発せられないと源氏は思った。
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「月のすむ雲井をかけてしたふともこのよの闇《やみ》になほや惑はん
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