くもお心にはいっていないらしいのを哀れにお思いになった。平生は早くお寝《やす》みになるのであるが、宮のお帰りあそばすまで起きていようと思召すらしい。御自身を残して母宮の行っておしまいになることがお恨めしいようであるが、さすがに無理に引き止めようともあそばさないのが御親心には哀れであるに違いなかった。
 源氏は頭の弁の言葉を思うと人知れぬ昔の秘密も恐ろしくて、尚侍にも久しく手紙を書かないでいた。時雨《しぐれ》が降りはじめたころ、どう思ったか尚侍のほうから、

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木枯《こがら》しの吹くにつけつつ待ちし間《ま》におぼつかなさの頃《ころ》も経にけり
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 こんな歌を送ってきた。ちょうど物の身にしむおりからであったし、どんなに人目を避けてこの手紙が書かれたかを想像しても恋人の情がうれしく思われたし、返事をするために使いを待たせて、唐紙《からかみ》のはいった置き棚《だな》の戸をあけて紙を選び出したり、筆を気にしたりして源氏が書いている返事はただ事であるとは女房たちの目にも見えなかった。相手はだれくらいだろうと肱《ひじ》や目で語っていた。
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