のまま素知らぬふうで行ってしまったのであった。
「ただ今まで御前におりまして、こちらへ上がりますことが深更になりました」
 と源氏は中宮に挨拶《あいさつ》をした。明るい月夜になった御所の庭を中宮はながめておいでになって、院が御位《みくらい》においでになったころ、こうした夜分などには音楽の遊びをおさせになって自分をお喜ばせになったことなどと昔の思い出がお心に浮かんで、ここが同じ御所の中であるようにも思召しがたかった。

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九重《ここのへ》に霧や隔つる雲の上の月をはるかに思ひやるかな
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 これを命婦《みょうぶ》から源氏へお伝えさせになった。宮のお召し物の動く音などもほのかではあるが聞こえてくると、源氏は恨めしさも忘れてまず涙が落ちた。

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「月影は見し世の秋に変はらねど隔つる霧のつらくもあるかな
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 霞《かすみ》が花を隔てる作用にも人の心が現われるとか昔の歌にもあったようでございます」
 などと源氏は言った。中宮は悲しいお別れの時に、将来のことをいろいろ東宮へ教えて行こうとあそばすのであるが、深
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