るかしれないのであって、源氏をよく理解したお心から手紙の返事もたまにはお書きになるのである。厳正にいえば、神聖な職を持っておいでになって、少し謹慎が足りないともいうべきことであるが。
 天台の経典六十巻を読んで、意味の難解な所を僧たちに聞いたりなどして源氏が寺にとどまっているのを、僧たちの善行によって仏力《ぶつりき》でこの人が寺へつかわされたもののように思って、法師の名誉であると、下級の輩までも喜んでいた。静かな寺の朝夕に人生を観じては帰ることがどんなにいやなことに思われたかしれないのであるが、紫の女王一人が捨てがたい絆《ほだし》になって、長く滞留せずに帰ろうとする源氏は、その前に盛んな誦経《ずきょう》を行なった。あるだけの法師はむろん、その辺の下層民にも物を多く施した。帰って行く時には、寺の前の広場のそこここにそうした人たちが集まって、涙を流しながら見送っていた。諒闇《りょうあん》中の黒い車に乗った喪服姿の源氏は平生よりもすぐれて見えるわけもないが、美貌《びぼう》に心の惹《ひ》かれない人もなかった。
 夫人は幾日かのうちに一段ときれいになったように思われた。高雅に落ち着いている中に、
前へ 次へ
全66ページ中38ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング