お目にかけて、
「ほんの塵《ちり》ほどのこのお返事を書いてくださいませんか。この花片《はなびら》にお書きになるほど、少しばかり」
 と申し上げた。宮もしみじみお悲しい時であった。

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袖《そで》濡《ぬ》るる露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬやまと撫子
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 とだけ、ほのかに、書きつぶしのもののように書かれてある紙を、喜びながら命婦は源氏へ送った。例のように返事のないことを予期して、なおも悲しみくずおれている時に宮の御返事が届けられたのである。胸騒ぎがしてこの非常にうれしい時にも源氏の涙は落ちた。
 じっと物思いをしながら寝ていることは堪えがたい気がして、例の慰め場所西の対へ行って見た。少し乱れた髪をそのままにして部屋着の袿姿《うちかけすがた》で笛を懐しい音《ね》に吹きながら座敷をのぞくと、紫の女王はさっきの撫子が露にぬれたような可憐《かれん》なふうで横になっていた。非常に美しい。こぼれるほどの愛嬌《あいきょう》のある顔が、帰邸した気配《けはい》がしてからすぐにも出て来なかった源氏を恨めしいと思うように向こうに向けられているのである。座敷の端
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