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 わざわざ子供にも読めるふうに書いた源氏のこの手紙の字もみごとなものであったから、そのまま姫君の習字の手本にしたらいいと女房らは言った。源氏の所へ少納言が返事を書いてよこした。
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お見舞いくださいました本人は、今日も危《あぶな》いようでございまして、ただ今から皆で山の寺へ移ってまいるところでございます。
かたじけないお見舞いのお礼はこの世界で果たしませんでもまた申し上げる時がございましょう。
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 というのである。秋の夕べはまして人の恋しさがつのって、せめてその人に縁故のある少女を得られるなら得たいという望みが濃くなっていくばかりの源氏であった。「消えん空なき」と尼君の歌った晩春の山の夕べに見た面影が思い出されて恋しいとともに、引き取って幻滅を感じるのではないかと危《あや》ぶむ心も源氏にはあった。

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手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺《のべ》の若草
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 このころの源氏の歌である。
 この十月に朱雀《すざく》院へ行幸があるはずだった。その日の舞楽には貴族の子息たち、
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