けは残っているかもしれません」
と紀伊守は言った。
深く酔った家従たちは皆夏の夜を板敷で仮寝してしまったのであるが、源氏は眠れない、一人|臥《ね》をしていると思うと目がさめがちであった。この室の北側の襖子《からかみ》の向こうに人のいるらしい音のする所は紀伊守の話した女のそっとしている室であろうと源氏は思った。かわいそうな女だとその時から思っていたのであったから、静かに起きて行って襖子越しに物声を聞き出そうとした。その弟の声で、
「ちょいと、どこにいらっしゃるの」
と言う。少し涸《か》れたきれいな声である。
「私はここで寝《やす》んでいるの。お客様はお寝みになったの。ここと近くてどんなに困るかと思っていたけれど、まあ安心した」
と、寝床から言う声もよく似ているので姉弟であることがわかった。
「廂《ひさし》の室でお寝みになりましたよ。評判のお顔を見ましたよ。ほんとうにお美しい方だった」
一段声を低くして言っている。
「昼だったら私ものぞくのだけれど」
睡《ね》むそうに言って、その顔は蒲団《ふとん》の中へ引き入れたらしい。もう少し熱心に聞けばよいのにと源氏は物足りない。
「私は縁
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