き込んでございまして、そこならばお涼しかろうと思います」
「それは非常によい。からだが大儀だから、車のままではいれる所にしたい」
 と源氏は言っていた。隠れた恋人の家は幾つもあるはずであるが、久しぶりに帰ってきて、方角|除《よ》けにほかの女の所へ行っては夫人に済まぬと思っているらしい。呼び出して泊まりに行くことを紀伊守に言うと、承知はして行ったが、同輩のいる所へ行って、
「父の伊予守――伊予は太守の国で、官名は介《すけ》になっているが事実上の長官である――の家のほうにこのごろ障《さわ》りがありまして、家族たちが私の家へ移って来ているのです。もとから狭い家なんですから失礼がないかと心配です」と迷惑げに言ったことがまた源氏の耳にはいると、
「そんなふうに人がたくさんいる家がうれしいのだよ、女の人の居所が遠いような所は夜がこわいよ。伊予守の家族のいる部屋の几帳《きちょう》の後ろでいいのだからね」
 冗談《じょうだん》混じりにまたこう言わせたものである。
「よいお泊まり所になればよろしいが」
 と言って、紀伊守は召使を家へ走らせた。源氏は微行《しのび》で移りたかったので、まもなく出かけるのに大
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