臣へも告げず、親しい家従だけをつれて行った。あまりに急だと言って紀伊守がこぼすのを他の家従たちは耳に入れないで、寝殿《しんでん》の東向きの座敷を掃除《そうじ》させて主人へ提供させ、そこに宿泊の仕度《したく》ができた。庭に通した水の流れなどが地方官級の家としては凝《こ》ってできた住宅である。わざと田舎《いなか》の家らしい柴垣《しばがき》が作ってあったりして、庭の植え込みなどもよくできていた。涼しい風が吹いて、どこでともなく虫が鳴き、蛍《ほたる》がたくさん飛んでいた。源氏の従者たちは渡殿《わたどの》の下をくぐって出て来る水の流れに臨んで酒を飲んでいた。紀伊守が主人をよりよく待遇するために奔走している時、一人でいた源氏は、家の中をながめて、前夜の人たちが階級を三つに分けたその中《ちゅう》の品の列にはいる家であろうと思い、その話を思い出していた。思い上がった娘だという評判の伊予守の娘、すなわち紀伊守の妹であったから、源氏は初めからそれに興味を持っていて、どの辺の座敷にいるのであろうと物音に耳を立てていると、この座敷の西に続いた部屋で女の衣摺《きぬず》れが聞こえ、若々しい、媚《なま》めかしい声で
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