へんぱ》な状態にある証拠であり、従って大多数の人類がウィルソンの提議に現れたような正大な思想を、何の凝滞《ぎょうたい》も曲解も反抗もなしに、空気を吸い水を飲むように、安々と肯定し、受容し、味解することの出来る程度に達していないものであることを思わせます。
民主主義ということは、大多数の人類が平等の機会と、平等の教育と、平等の経済的保障とに由って、すべて平等に最高の人格を完成することを、それの極致としているものであると私は解しているのですが、この解釈にして誤っていないならば、大多数の人類がまだ完全に民主主義の意義さえ知らず、人格の差異の甚だしい今日において一躍して容易にウィルソンの提議通りの世界改造が実現されようとは考えられません。ウィルソンのような思想はまだ特別に優秀な人格を持っている少数者の間の思想です。その思想は人類の平等化を目的とする民主主義であっても、その思想の主張者が高い飛び離れた位地にいて、まだ階級的に指導者または支配者という態度を以て大多数の人類に臨まざるを得ない有様である限り、それが果して勝利を得て、大多数の人類の間に家常茶飯《かじょうさはん》として普及することを疑わ
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