のはありません。顔さえも個別的の特色を備えて真実の意味にて瓜二《うりふた》つというものはないのに、まして、刻々に移動する思想は、個人の自発的なものほど個性の色彩が著しく、たとい他人の思想を受け容れたものでも第二の個性に由って着色され変形されないものはないのですから、万人万様の思想が存在するのは当然の事で、それらの思想が拮抗《きっこう》し、比較し、補正し、助長し合って存在してこそ、人類の思想は自浄作用の中に深化と進歩とを遂げるのであると思います。昔から宗教、学問、芸術のいずれでも官営の一種に決ってしまえば、いずれもその本質の腐敗を招かないものはありません。堂上の和歌、聖堂の朱子学《しゅしがく》、ロダンが罵《ののし》った仏蘭西《フランス》院体派の芸術、その実例はいくらでもあります。殊に官営の宜しくない事はその官権を以て反対の思想を暴力的に圧伏することです。思想の自由を奪うに至っては思想の統一でも尊重でもなく、反対に思想そのものの発展を願わない者のする残忍不法な行為です。
 思想は統一されるものでない。兵隊の数に応じて同じ帽を被《かぶ》らせ得るように、人類をして均一に同じ思想を持たせ得るもの
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