た。今縁側の傍迄行つた時に、晨が書棚の横の五寸と一尺程のひこんだ隅に立つて居た事に気が附いたのである。
『晨坊、いらつしやい。』
 鏡子は縁側の処《ところ》へ寄つて行つた。
『なあに。』
 と晨の云つて居るのはやはり其《そ》の狭い処《ところ》からである。
『晨は何時《いつ》もあんな処《ところ》に入《はい》つて居るのですか。』
『そんなこともないんですがねえ。』
 とお照は云ふ。
『いらつしやい。』
 晨は赤い口唇《くちびる》を細く窄《すぼ》めながら母の手へ来た。鏡子はそれを肩に載せてまた花壇へ行つた。
『いいお花ね。』
 子に見せながら、この子をもう一人かうして出れば後《あと》には心残りがない。家《うち》へ帰りたい帰りたいと思つた家《いへ》と云ふものは実はこんなものなのかと思つた。
『英《ひで》さん、今日《けふ》はお出かけ。』
 かう快活な声で云つて暫くして鏡子は上ヘ上《あが》つて来た。
『さあ。』
『行つていらつしやい。展覧会へでもね。』
『さあ。』
『そんなに東京を見くびるものぢやないわ。私は昨日《きのふ》東京を見て感心しちやつたのよ。麹町は好《い》い所ぢやありませんか、ねえお照さ
前へ 次へ
全50ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 晶子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング