くと、忘れて居るのであらうと思つて居た母親を見返つて、
『さよなら。』
 と二人は一緒に云つた。
『もう少し母《かあ》さんは行《ゆ》きませう。』
 二人はまた手を取つて歩き出したが、二三|間《げん》先の曲角《まがりかど》でまた、
『さよなら。』
 と云つた。
『阪《さか》の処《ところ》まで行《ゆ》きますよ。』
 かう云つて随《つ》いて来る母親から次第に遠く離れて双子《ふたご》は急足《いそぎあし》で女子学院に添つた道を歩くのであつた。鏡子はお照を新橋から迎へて来て此処《こゝ》を歩いて居た時の自分の其《その》人に対する感情は純なものであつたなどゝ思ふ。けれど今だとてあの人を悪くは少しも思つて居ない。子供が俄かに母の手に帰つたので云ひ様《やう》もない寂寞を昨日《きのふ》からあの人は味《あぢは》つて居るのであるから、あゝした尖《とが》つた声で物を云つたり、可愛い榮子を打つたりするのである。さう同情して思ふから、一層この後《のち》があの人のためにも自分のためにも心配でならないと、こんな事を思つて居る鏡子は俯向《うつむ》き勝ちに歩《ほ》を運んで居た。何時《いつ》の間にか回生病院の前へ出た。
『さよ
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