さうなのでせう。玉川の方でも乳《ちゝ》は一年|限《ぎ》りで廃《よ》して居たのだつたのにね。』
かう云ひながら末の出す赤い盆にてつせんの花の描《か》いた茶碗を載せた。
『さあ御飯を食べませう。』
お照は乳房《ちぶさ》をもぎ放して榮子を下に置いた。また泣いて居たのを、
『ばつたりおだまり。』
と叔母に云はれるのと一緒に声を飲んだ子がをかしくて鏡子は笑ひ出したく思つた。後《おく》れて来た花木が、
『あら、叔母さん嘘、お芋のおみおつけだと云つたのに。』
と云つて汁椀の中を箸で掻き廻して居る。
『八つ頭と云つてこれもお芋ですよ。』
と母親が云つた。
『叔母さんは嘘つきですとも。』
と云つたお照は目に涙を溜めて居た。鏡子は京都者の軽い意味で云ふ横着と云ふ言葉が、東京者に悪い感じを与へるのと、東京の人が軽い意でちよくちよく嘘と云ふ言葉を遣ふのが京の人に不快を覚えさすのとは、一寸《ちよつと》説明した位《ぐらゐ》で分らない事だから、こんな時には黙つて居るより仕方がないと思つて居る。そしてこれからの困りやうが思ひ遣られるのであつたが、留守のうち、過去と云ふ事は思つて見たくなかつた。それでなくと
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