》には病《やまひ》のために談《はなし》が出来ないと断つてあるのであるから、急に元気|附《づ》いたら厭《いや》な気持を起《おこ》させるに違ひないと思つて、起き上りたい身体《からだ》を其《その》儘にしてじつとして居ると、開《あ》いた戸口から寒い風が入《はい》つて来た。
『これで安心致しました。真実《ほんま》にどうなつてはるのやろと心配したことでありませんでしたけれど。』
『直《す》ぐ行つて下すつたので、船が一日早かつたにも係《かゝは》[#「かゝは」は底本では「かゝら」]らず間に合つて結構でした。あなたもお疲れでせう。』
『どう致しまして、荒木さんも神戸迄来て下さいまして、それから又|随《つ》いて来てくれはつたのです。』
『さうですか、英也が。』
 列車の外で清《きよし》と畑尾とはこんな談話をして居たのである。
『やあ。』
『御機嫌よう。』
 と声を掛けたのを初めに、英也と季《すゑ》の叔父の清《きよし》とは四五年|振《ぶり》に身体《からだ》をひたひたと寄せてなつかしげに語るのであつた。
『坊《ぼつ》ちやん。何時に起きて来やはつたのです。』[#底本では「』」は脱落]
 二人の立つた傍を一廻りして、それから畑尾は滿《みつる》に話しかけた。[#底本には「』」があるが除いた]
『五時。』
 滿は元気よく云つた。
『五時、早いのだすなあ、外の坊ちやんやお嬢さんは新橋に来てはりますか。』
『晨《しん》と榮子《えいこ》は家《うち》に居る。』
『外の方は来てはるのだすやろ。』
『どうだか。』
 と滿は小首《こくび》を傾《かし》げて云ふ。
『それは来てはりますとも。』
『さう、畑尾さん。』
 滿は女の様な地《ぢ》の声で云つた。
『嬉しいでせう、坊ちやん。』
『ふん、母《かあ》さんは何処《どこ》に居るの、畑尾さん。』
 と滿は心配さうに云つた。
『彼処《あすこ》においでです。』
 と云つて、畑尾は二つ向ふの車を指差《ゆびざ》した。
『嬉しいなあ、畑さん。』
 と滿は云つたが、其処《そこ》へ飛び込んで行《ゆ》かうともしないのである。
 もう待草臥《まちくたび》れたと云ふやうに鏡子が目を閉《とぢ》て居る所へ其《その》人|等《ら》が入《はい》つて来て、汽車は直《す》ぐ動き出した。
『お早くから難有《ありがた》う御座いました。留守の子供達もいろいろお世話になりまして難有《ありがた》う御座いました。御
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