、隠然と多大の後援を寄せることになります。また資本家も官憲も姑息な圧制手段や温情的方法を以て一時を糊塗《こと》することが出来なくなりました。殊に唯今の政府は農民党たる政友会の政府であり、労働者の当の敵たる資本家は固《もと》より都市の商工業者ですから、同じ資本家の手先になっている政府とはいえ、憲政会の政府よりは資本家に私《わたくし》する所が露骨でないという事情もあり、また近来の官憲の中の少壮分子は不徹底ながらも民主思想を理解し、世界の労働問題に一隻眼を開いている所から、資本家の極端な利己心に憤慨し、労働者の境遇に同情するという立派な理由もあって、最近の同盟罷工が概《おおむ》ね官憲に由って善意に保護されているのを見ると、これしきの事にも我国においては空前の善政だという感謝の心が湧《わ》かずにおられません。
 
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 私は貧富の階級闘争を以て到底一度は避けがたいものだと思っています。それは無産階級にある私たちが、一面には労働者として余りに不当に少く支払われ、一面には消費者として余りに不当に多く支払わされているという日日の経済事情がこれを促進せずに置きません。この事は一に少数の資本家と称する特権階級が、その利己的欲望の発露である資本主義的制度、営利的企業制度に由って私たち無産階級の生活を出来るだけ脅かしている所から発生する不祥な事象です。
 既に階級闘争が避けがたいものであるとすれば、出来るだけ穏和な方法でこれを早く通過してしまうことが聡明な仕方だと思います。これを圧服しようと考えるのは、腸|窒扶斯《チフス》を解熱剤で退治しようとするのと同じ庸劣な処置です。
 しかし私は、今日|行《おこなわ》れる工場労働者の同盟罷工の如きものが階級闘争の本意であるとは考えません。賃銀の三割や五割の増給を主とする要求は、たとい十割二十割の増給の要求であるにもせよ、それは労働者が資本主義の制度を承認して、その制度の中に瞞着《まんちゃく》されながら、現代における生活の必需品を最小限度に充用し得る程度の賃銀の支払を要求しているに過ぎないのです。資本制度に隷属している第二次的人間の要求としては正当至極の要求であるのです。それですから少し功利的打算に長じた資本家は比較的容易にその要求を寛容します。
 階級闘争がこういう賃銀の増給のような要求を前衛として起って来る間は、資本家はまだ太平の
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