なりまして私が死んだ跡《あと》のあなたはどうしてもあの方《かた》の物にならなければならない、私の子を世話して下さる人はあの方《かた》よりないと云ふことがはつきりと、余りにはつきりと私に思はれて来ました。自分の死後の日を見廻す中にも、私は傷《いた》ましくてその絵の掛つた方《はう》は凝視することが出来ません。私は冷く静かな心になつて居ると思つて居ながら、あなたの苦痛のためにはこれ程の悲しみを感じるのかと自《みづか》ら呆れます。あの方《かた》はあなたの初恋の方《かた》で、然《しかtも何年か御一緒にお暮しになつた方《かた》で、あなたのためにその後《のち》の十七八年を今日《けふ》まで独居しておいでになる方《かた》であつても、悲しいことにはあなたよりもつとお年上なのでせう。去年あの方《かた》のお国から出ておいでになつた岩城《いはき》さんが、私等夫婦をもすこし開《あ》け広げな間柄であらうとお思ひになつて、あの方《かた》のことをいろ/\とお話しになつた時に、年は自分よりも確か二つ三つ上だと云つておいでになりました。岩城《いはき》さんはあなたよりまた二つ三つ上なのでせう、であつて見ればあの方《かた》の髪にはもう白い毛が出来て居るでせう、お目の下の皮膚から紫色になつた血が透《す》いて見えるでせう。真実《ほんたう》にあなたはお可哀相《かあいさう》です。お可哀相《かあいさう》です。あの方《かた》のことをあなたが私へお話しになつたことは唯《たヾ》一度しかありません。結婚して一月《ひとつき》も経たない時分でした。つまりお互《たがひ》に自己の利益などは考へ合はなかつた時だつたのです。ですからあなたは虚心平気でいらつしつた。昔の恋人のためにしみじみとお話しなさいました。けれどその晩を私は一睡もようしないで明《あか》したことを覚えて居ます。

     二

 あの××県のあなたの兄様《にいさん》の拵《こしら》へておいでになる女学校を、神童時代の次の十八九のあなたが教えておいでになる時、其処《そこ》の舎監で、軍人の未亡人の切下げ髪の人とかが、毎夜毎夜提灯を点《とも》して遠いあなたの住居《すまゐ》を訪ねて来て、あなたを挑《いど》まうとしながら表面《うはべ》では学校のあの二人の才媛の何方《どちら》をあなたは未来の妻にしたいと思ふかなどと云ふ話ばかりをして居たと云ふこと、あなたは第一の才媛は容貌《きりやう
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