かる》今夜はよく眠り候へば、うつかり長きこと書きつらね候かな、時計は朝の壱時を打ち候に。君も今頃は筆おき給ふ頃、坊たちがをらで静なる夜に何の夢か見給ふらむ。今日父の墓へまゐり候。去年のこの頃しのび候て、お寺の廊の柱にしばらく泣き申し候。
 光は末《すえ》が負《お》ひて竹村の姉の許《もと》へ、天神様の鳩《はと》を見になど行き候。かしこに猿もあり、猿は行儀わろきもの故《ゆえ》見すなといひきかせ候。おばあ様は秀《しげる》を頬《ほお》ずりし給ひ、もう今から、帰つたあとでこの児が一番心にかかるべしと申され候。光は少しもここの人たちに馴《な》れず、またしては父さんへのん/\[#「のん/\」に傍点]と申し、末《すえ》と大道へのみ出たがり候。
 汽車中にてまた新版の藤村様御集、久しぶりに彼君《かのきみ》のお作読み候。初《はじめ》のかたは大抵そらにも覚えをり候へば、読みゆく嬉《うれ》しさ、今日ここにて昔の箏《こと》の師匠に逢《あ》ひしと同じここちに候ひし。宅の土蔵の虫はみし版本のみ読みならひて、仮名づかひなど、さやうのことどうでもよしと気にかけず、また和文家と申すもの大嫌ひにて、学校にてもかかるあさはか
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