た》り候。その駭《おどろ》きに父さまの事は忘れたらしく候へば、箱根へかかり候まで泣きいぢれて、よう寐《ね》てをり候|秀《しげる》を起しなど致し候へば、また去年の旅のやうに虫を出だし候てはと、呑《の》まさぬはずの私の乳|啣《ふく》ませ、やつとの事に寐かせ候ひしに、近江《おうみ》のはづれまで不覚に眠り候て、案ぜしよりは二人の児は楽に候ひしが、私は末《すえ》と三人を護《まも》りて少しもまどろまれず、大阪に着きて迎への者の姿見てほつと安心致し候時、身も心も海に流れ候人のやうに疲れを一時に覚え候。
 車中にて何心なく『太陽』を読み候に、君はもう今頃御知りなされしなるべし、桂月《けいげつ》様の御評のりをり候に驚き候。私|風情《ふぜい》のなま/\に作り候物にまでお眼お通し下され候こと、忝《かたじけな》きよりは先づ恥しさに顔|紅《あか》くなり候。勿体《もつたい》なきことに存じ候。さはいへ出征致し候弟、一人の弟の留守見舞に百三十里を帰りて、母なだめたし弟の嫁ちからづけたしとのみに都を離れ候身には、この御評一も二もなく服しかね候。
 私が弟への手紙のはしに書きつけやり候歌、なになれば悪《わ》ろく候にや。あ
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