まじく、東京のせん湯に入りつけてはと母には申して、子らつれておあし持ちて横町の湯へまゐれば、見知れるらしき人ありて眼をそばだて候。椿《つばき》の葉にて私のをさなき時に乳母がせしやう光《ひかる》に草履《ぞうり》つくりてやりたくと、彼の家の庭をあやにくや見たうも/\思へど、私はゆかず候。かしこの土蔵には弟どう思ひてか出立の前に、私のちひさき時よりの本と自分のと別々にしらべてまとめおき候よし、さ聞きて俄《にわ》かにその本こひしく、お祖母《ばあ》様の手垢《てあか》父の手垢のうへに私の手垢つきしかず/\、また妹と朱など加へし『柵草紙《しがらみそうし》』のたぐひ、都へも引きとらまほしく、母ゆるさば、父のいつもおもかげうつし給ひし大きな姿見《すがたみ》もろとも、蒲団《ふとん》になとくるませて通運に出さすべく候。
 母ます/\文学狂になり候て、よべも歌の話いろ/\と致し、君の祭見る日の下加茂《しもがも》の橋はつまらずと申し、大井川濃き緋《ひ》の帯のいくたりの鼓拍子に船は離れぬは、かしこの景色すきなるものから、それはよしと喜びていくたびも口ずさみ候。また松田などや申し候ひけむ、山の人とはきつとおえらき人
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