リアで出るゾイリア日報のうけ売りですが。」
「価値測定器と云うのは何です。」
「文字通り、価値を測定する器械です。もっとも主として、小説とか絵とかの価値を、測定するのに、使用されるようですが。」
「どんな価値を。」
「主として、芸術的な価値をです。無論まだその他の価値も、測定出来ますがね。ゾイリアでは、それを祖先の名誉のために MENSURA ZOILI と名をつけたそうです。」
「あなたは、そいつをご覧になった事があるのですか。」
「いいえ。ゾイリア日報の挿絵《さしえ》で、見ただけです。なに、見た所は、普通の計量器と、ちっとも変りはしません。あの人が上《あが》る所に、本なりカンヴァスなりを、のせればよいのです。額縁や製本も、少しは測定上邪魔になるそうですが、そう云う誤差は後で訂正するから、大丈夫です。」
「それはとにかく、便利なものですね。」
「非常に便利です。所謂《いわゆる》文明の利器ですな。」角顋は、ポケットから朝日を一本出して、口へくわえながら、「こう云うものが出来ると、羊頭《ようとう》を掲げて狗肉《くにく》を売るような作家や画家は、屏息《へいそく》せざるを得なくなります。何しろ、価値の大小が、明白に数字で現れるのですからな。殊にゾイリア国民が、早速これを税関に据えつけたと云う事は、最も賢明な処置だと思いますよ。」
「それは、また何故《なぜ》でしょう。」
「外国から輸入される書物や絵を、一々これにかけて見て、無価値な物は、絶対に輸入を禁止するためです。この頃では、日本、英吉利《イギリス》、独逸《ドイツ》、墺太利《オオストリイ》、仏蘭西《フランス》、露西亜《ロシア》、伊太利《イタリイ》、西班牙《スペイン》、亜米利加《アメリカ》、瑞典《スウエエデン》、諾威《ノオルウエエ》などから来る作品が、皆、一度はかけられるそうですが、どうも日本の物は、あまり成績がよくないようですよ。我々のひいき眼では、日本には相当な作家や画家がいそうに見えますがな。」
こんな事を話している中に、サルーンの扉《ドア》があいて、黒坊《くろんぼ》のボイがはいって来た。藍色《あいいろ》の夏服を着た、敏捷《びんしょう》そうな奴である、ボイは、黙って、脇にかかえていた新聞の一束《ひとたば》を、テーブルの上へのせる。そうして、直《すぐ》また、扉《ドア》の向うへ消えてしまう。
その後で角顋は、朝日の灰
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