を落しながら、新聞の一枚をとりあげた。楔形文字《せっけいもじ》のような、妙な字が行列した、所謂《いわゆる》ゾイリア日報なるものである。僕は、この不思議な文字を読み得る点で、再びこの男の博学なのに驚いた。
「不相変《あいかわらず》、メンスラ・ゾイリの事ばかり出ていますよ。」彼は、新聞を読み読み、こんな事を云った。「ここに、先月日本で発表された小説の価値が、表になって出ていますぜ。測定技師の記要《きよう》まで、附いて。」
「久米《くめ》と云う男のは、あるでしょうか。」
 僕は、友だちの事が気になるから、訊《き》いて見た。
「久米ですか。『銀貨』と云う小説でしょう。ありますよ。」
「どうです。価値は。」
「駄目ですな。何しろこの創作の動機が、人生のくだらぬ発見だそうですからな。そしておまけに、早く大人《おとな》がって通《つう》がりそうなトーンが、作全体を低級な卑《いや》しいものにしていると書いてあります。」
 僕は、不快になった。
「お気の毒ですな。」角顋は冷笑した。「あなたの『煙管《きせる》』もありますぜ。」
「何と書いてあります。」
「やっぱり似たようなものですな。常識以外に何もないそうですよ。」
「へええ。」
「またこうも書いてあります。――この作者早くも濫作《らんさく》をなすか。……」
「おやおや。」
 僕は、不快なのを通り越して、少し莫迦《ばか》莫迦しくなった。
「いや、あなた方ばかりでなく、どの作家や画家でも、測定器にかかっちゃ、往生《おうじょう》です。とてもまやかしは利《き》きませんからな。いくら自分で、自分の作品を賞《ほ》め上げたって、現に価値が測定器に現われるのだから、駄目です。無論、仲間同志のほめ合にしても、やっぱり評価表の事実を、変える訳には行きません。まあ精々、骨を折って、実際価値があるようなものを書くのですな。」
「しかし、その測定器の評価が、確かだと云う事は、どうしてきめるのです。」
「それは、傑作をのせて見れば、わかります。モオパッサンの『女の一生』でも載せて見れば、すぐ針が最高価値を指《さ》しますからな。」
「それだけですか。」
「それだけです。」
 僕は黙ってしまった。少々、角顋《かくあご》の頭が、没論理《ぼつろんり》に出来上っているような気がしたからである。が、また、別な疑問が起って来た。
「じゃ、ゾイリアの芸術家の作った物も、やはり測
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