えた、フロツク・コオトを着てゐる男ですがね。御覧なさい。此処《ここ》に名刺[#「名刺」は底本では「名剌」]があります。Herr Stuffendpuff. ちつとは有名な男ですか? 成程《なるほど》ね、つまりその新聞や何かに議論を書いてゐる人間なんでせう。そいつの眼玉がこれぢやありませんか? そら、壁へ叩きつけても、容易な事ぢや破れませんや。驚いたでせう。二つともこの通り入れ眼ですよ。硝子細工《ガラスざいく》の入れ眼ですよ。
疲労
雨を孕《はら》んだ風の中に、竜騎兵の士官を乗せた、アラビア種《だね》の白馬《しろうま》が一頭、喘《あへ》ぎ喘ぎ走つて行つた。と思ふと銃声が五六発、続けさまに街道《かいだう》の寂寞《せきばく》を破つた。その時|白楊《ポプラア》の並木《なみき》の根がたに、尿《ねう》をしやんだ一頭の犬は、これも其処《そこ》へ来かかつた、仲間の尨犬《むくいぬ》に話しかけた。
「どうだい、あの白馬の疲れやうは?」
「莫迦《ばか》々々しいなあ。馬ばかりが獣《けもの》ぢやあるまいし、――」
「さうとも、僕等に乗つてくれれば、地球の極《はて》へも飛んで行《ゆ》くのだが、――
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