悪魔|三度《みたび》ユダに云ひけるは、「イエスを祭司の長《をさ》たちに売《わた》せ。然《さ》すれば爾《なんぢ》の名、イエスの名と共に伝はらん。イエスの名太陽よりも光あれば、爾の名|黒暗《やみ》よりも恐怖あらん。爾は天国の奴隷《しもべ》たらざるも、必《かならず》地獄の王たるべし。バビロンの淫婦は爾《なんぢ》[#ルビの「なんぢ」は底本では「なんじ」]の妃《ひ》、七頭《しちとう》の毒竜は爾の馬、火と煙と硫黄《いわう》とは汝《なんぢ》が黒檀《こくたん》の宝座《みくら》の前に、不断の香煙《かうえん》を上《のぼ》らしめん。」ユダこの声を聞[#「聞」は底本では「闇」]きし時、目《ま》のあたりに地獄の荘厳を見たり。イエス忽ちユダに一撮《ひとつまみ》の食物を与へ、静かに彼に云ひけるは、「爾《なんぢ》が為さんとする事は速かに為せ。」ユダ一撮の食物を受け、直ちに出でたり。時既に夜《よ》なりき。ユダ祭司の長《をさ》カヤパの前に至り、イエスを彼に売《わた》さんと云へり。カヤパ駭《おどろ》きて云ひけるは、「爾《なんぢ》は何物なるか、イエスの弟子《でし》か、はたイエスの師か。」そはユダの姿、額は嵐の空よりも黒み、眼
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