だけなり。
両国《りやうごく》より人形町《にんぎやうちやう》へ出《い》づる間《あひだ》にいつか孫娘と離れ離れになる。心配なれども探してゐる暇《ひま》なし。往来《わうらい》の人波。荷物の山。カナリヤの籠を持ちし女を見る。待合《まちあひ》の女将《おかみ》かと思はるる服装。「こちとらに似たものもあると思ひました」といふ。その位の余裕はあるものと見ゆ。
鎧橋《よろひばし》に出づ。町の片側は火事なり。その側《かは》に面せるに顔、焼くるかと思ふほど熱かりし由。又何か落つると思へば、電線を被《おほ》へる鉛管《えんかん》の火熱《くわねつ》の為に熔《と》け落つるなり。この辺《へん》より一層人に押され、度《たび》たび鸚鵡《あうむ》の籠も潰《つぶ》れずやと思ふ。鸚鵡は始終狂ひまはりて已《や》まず。
丸《まる》の内《うち》に出づれば日比谷《ひびや》の空に火事の煙の揚《あ》がるを見る。警視庁、帝劇などの焼け居りしならん。やつと楠《くすのき》の銅像のほとりに至る。芝の上に坐りしかど、孫娘のことが気にかかりてならず。大声に孫娘の名を呼びつつ、避難民の間《あひだ》を探しまはる。日暮《にちぼ》。遂に松のかげに横は
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