鸚鵡
――大震覚え書の一つ――
芥川龍之介

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)余裕《よゆう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)日比谷|迄《まで》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)おち[#「おち」に傍点]たら
−−

 これは御覧の通り覚え書に過ぎない。覚え書を覚え書のまま発表するのは時間の余裕《よゆう》に乏しい為である。或は又その外にも気持の余裕に乏しい為である。しかし覚え書のまま発表することに多少は意味のない訣《わけ》でもない。大正十二年九月十四日記。

 本所《ほんじよ》横網町《よこあみちやう》に住める一中節《いつちうぶし》の師匠《ししやう》。名は鐘大夫《かねだいふ》。年は六十三歳。十七歳の孫娘と二人暮らしなり。
 家は地震にも潰《つぶ》れざりしかど、忽ち近隣に出火あり。孫娘と共に両国《りやうごく》に走る。携《たづさ》へしものは鸚鵡《あうむ》の籠《かご》のみ。鸚鵡の名は五郎《ごらう》。背は鼠色、腹は桃色。芸は錺屋《かざりや》の槌《つち》の音と「ナアル」(成程《なるほど》の略)といふ言葉とを真似《まね》る
次へ
全4ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング