坊主は、貉の唄を歌う理由を、仔細らしく説明した。――仏説に転生輪廻《てんじょうりんね》と云う事がある。だから貉の魂も、もとは人間の魂だったかも知れない。もしそうだとすれば、人間のする事は、貉もする。月夜に歌を唄うくらいな事は、別に不思議でない。……
 それ以来、この村では、貉《むじな》の唄を聞いたと云う者が、何人も出るようになった。そうして、しまいにはその貉を見たと云う者さえ、現れて来た。これは、鴎《かもめ》の卵をさがしに行った男が、ある夜岸伝いに帰って来ると、未《ま》だ残っている雪の明りで、磯山《いそやま》の陰に貉が一匹唄を歌いながら、のそのそうろついているのを目《ま》のあたりに見たと云うのである。
 既に、姿さえ見えた。それに次いで、ほとんど一村の老若《ろうにゃく》男女が、ことごとくその声を聞いたのは、寧《むし》ろ自然の道理である。貉の唄は時としては、山から聞えた。時としては、海から聞えた。そうしてまた更に時としては、その山と海との間に散在する、苫屋《とまや》の屋根の上からさえ聞えた。そればかりではない。最後には汐汲《しおく》みの娘自身さえ、ある夜突然この唄の声に驚かされた。――

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