ざいます。
 武弘は昨日《きのう》娘と一しょに、若狭へ立ったのでございますが、こんな事になりますとは、何と云う因果でございましょう。しかし娘はどうなりましたやら、壻《むこ》の事はあきらめましても、これだけは心配でなりません。どうかこの姥《うば》が一生のお願いでございますから、たとい草木《くさき》を分けましても、娘の行方《ゆくえ》をお尋ね下さいまし。何に致せ憎いのは、その多襄丸《たじょうまる》とか何とか申す、盗人《ぬすびと》のやつでございます。壻ばかりか、娘までも………(跡は泣き入りて言葉なし)
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     多襄丸《たじょうまる》の白状

 あの男を殺したのはわたしです。しかし女は殺しはしません。ではどこへ行ったのか? それはわたしにもわからないのです。まあ、お待ちなさい。いくら拷問《ごうもん》にかけられても、知らない事は申されますまい。その上わたしもこうなれば、卑怯《ひきょう》な隠し立てはしないつもりです。
 わたしは昨日《きのう》の午《ひる》少し過ぎ、あの夫婦に出会いました。その時風の吹いた拍子《ひょうし》に、牟子《むし》
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