漱石山房の冬
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)毯《たん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)或|夜《よ》である。

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十一年十二月)
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 わたしは年少のW君と、旧友のMに案内されながら、久しぶりに先生の書斎へはひつた。
 書斎は此処へ建て直つた後、すつかり日当りが悪くなつた。それから支那の五羽鶴の毯《たん》も何時の間にか大分色がさめた。最後にもとの茶の間との境、更紗の唐紙のあつた所も、今は先生の写真のある仏壇に形を変へてゐた。
 しかしその外は不相変である。洋書のつまつた書棚もある。「無絃琴」の額もある。先生が毎日原稿を書いた、小さい紫檀の机もある。瓦斯煖炉もある。屏風もある。縁の外には芭蕉もある。芭蕉の軒を払つた葉うらに、大きい花さへ腐らせてゐる。銅印《どういん》もある。瀬戸《せと》の火鉢もある。天井《てんじやう》には鼠の食ひ破つた穴も、……
 わたしは天井を見上げながら、独り言《ごと》のやうにかう云つた。
「天井は張り換へなかつたの
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