の土方《どかた》に怒鳴《どな》られる――その間《あひだ》に帽子は風の方向に走つてゆく。かう言ふ人は割合に帽子を手に入れる。
しかしどちらにしろ人生は結局さううまく行《ゆ》くものではないらしい。余程《よほど》の政治的或は実業的天才でもなければ、楽々と帽子を手に入れる様な人は恐らく居《ゐ》ないだらう。
不思議一つ
安月給取りの妻君、裏長屋《うらながや》のおかみさんが、此の世にありもしない様な、通俗小説の伯爵夫人の生活に胸ををどらし、随喜《ずゐき》して読んでゐるのを見ると、悲惨な気がする。をかしくもある。
「キイン」と「嘆きのピエロ」
最近輸入された有名な映画だと云ふ「キイン」と「嘆《なげ》きのピエロ」の筋を聞いた。
筋としてはキインの方が小説らしくもあり、面白いとも思ふ。大抵《たいてい》の男はキインの様な位置には割になれ易いものである。大抵の女は、キインの相手の伯爵夫人の様な境遇には置かれ易いものである。
嘆きのピエロ夫妻の様な位置には、大抵の人達は、一生に一度もなり憎《にく》い事である。まして虎に咬《か》みつかれる様な事は、自分自分の一生を考へてみた
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