拊掌談
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)夏目《なつめ》先生
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)死刑の時|絞首台《かうしゆだい》迄
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正十五年二月)
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名士と家
夏目《なつめ》先生の家が売られると云ふ。ああ云ふ大きな家は保存するのに困る。
書斎《しよさい》は二間《ふたま》だけよりないのだから、あの家と切り離して保存する事も出来ない事はないが、兎《と》に角《かく》相当な人程小さい家に住むとか、或は離れの様な所に住んでゐる方が、あとで保存する場合など始末《しまつ》がよい。
帽子を追つかける
道を歩いてゐる時、ふいに風が吹いて帽子《ばうし》が飛ぶ。自分の周囲の凡《すべ》てに対して意識的になつて帽子を追つかける。だから中々帽子は手に這入《はい》らない。
他の一人《ひとり》は帽子が飛ぶと同時に飛んだ帽子の事だけ考へて、夢中になつてその後《あと》を追ふ。自転車にぶつかる。自動車に轢《ひ》かれかかる。荷馬車《にばしや》の土方《どかた》に怒鳴《どな》られる――その間《あひだ》に帽子は風の方向に走つてゆく。かう言ふ人は割合に帽子を手に入れる。
しかしどちらにしろ人生は結局さううまく行《ゆ》くものではないらしい。余程《よほど》の政治的或は実業的天才でもなければ、楽々と帽子を手に入れる様な人は恐らく居《ゐ》ないだらう。
不思議一つ
安月給取りの妻君、裏長屋《うらながや》のおかみさんが、此の世にありもしない様な、通俗小説の伯爵夫人の生活に胸ををどらし、随喜《ずゐき》して読んでゐるのを見ると、悲惨な気がする。をかしくもある。
「キイン」と「嘆きのピエロ」
最近輸入された有名な映画だと云ふ「キイン」と「嘆《なげ》きのピエロ」の筋を聞いた。
筋としてはキインの方が小説らしくもあり、面白いとも思ふ。大抵《たいてい》の男はキインの様な位置には割になれ易いものである。大抵の女は、キインの相手の伯爵夫人の様な境遇には置かれ易いものである。
嘆きのピエロ夫妻の様な位置には、大抵の人達は、一生に一度もなり憎《にく》い事である。まして虎に咬《か》みつかれる様な事は、自分自分の一生を考へてみた
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