から、此処まで御伴《おとも》して参りました。」
須世理姫はかう云つて、やつと身を起した素戔嗚に、遠い国の若者を引き合はせた。
若者は眉目の描いたやうな、肩幅の広い男であつた。それが赤や青の頸珠《くびたま》を飾つて、太い高麗剣《こまつるぎ》を佩《は》いてゐる容子《ようす》は、殆ど年少時代そのものが目前に現れたやうに見えた。
素戔嗚は恭《うやうや》しい若者の会釈《ゑしやく》を受けながら、
「御前の名は何と云ふ?」と、無躾《ぶしつけ》な問を抛《はふ》りつけた。
「葦原醜男《あしはらしこを》と申します。」
「どうしてこの島へやつて来た?」
「食物や水が欲しかつたものですから、わざわざ舟をつけたのです。」
若者は悪びれた顔もせずに、一々はつきり返事をした。
「さうか。ではあちらへ行つて、勝手に食事をするが好い。須世理姫、案内はお前に任せるから。」
二人が宮の中にはいつた時、素戔嗚は又椋の木かげに、器用に刀子《たうす》を動かしながら、牡鹿の皮を剥ぎ始めた。が、彼の心は何時の間にか、妙な動揺を感じてゐた。それは丁度晴天の海に似た、今までの静な生活の空に、嵐を先触れる雲の影が、動かうとするや
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