は何事もなく、穴の外を焼き通つてしまひました。」
 素戔嗚はこの話を聞いてゐる内に、だんだん又この幸運な若者を憎む心が動いて来た。のみならず、一度殺さうと思つた以上、どうしてもその目的を遂げない中は、昔から挫折した覚えのない意力の誇りが満足しなかつた。
「さうか。それは運が好かつたな。が、運と云ふものは、何時《いつ》風向きが変るかわからないものだ。……が、そんな事はどうでも好い。兎に角命が助つたのなら、おれと一しよにこちらへ来て、頭の虱《しらみ》をとつてくれい。」
 葦原醜男と須世理姫とは、仕方なく彼の後について、朝日の光のさしこんでゐる、大広間の白い帷《とばり》をくぐつた。
 素戔嗚は広間のまん中に、不機嫌らしい大あぐらを組むと、みづらに結んだ髪を解いて、無造作に床の上に垂らした。素枯《すが》れた蘆の色をした髪は、殆ど川のやうに長かつた。
「おれの虱はちと手強《てごは》いぞ。」
 かう云ふ彼の言葉を聞き流しながら、葦原醜男はその白髪を分けて、見つけ次第虱を捻《ひね》らうとした。が、髪の根に蠢《うごめ》いてゐるのは、小さな虱と思ひの外、毒々しい、銅色《あかがねいろ》の、大きな百足《むか
前へ 次へ
全28ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング