ノ、鈴懸《すずかけ》の並木を照らしている街燈の光を受けるが早いか、俊助《しゅんすけ》の腕へすがるようにして、
「じゃ聞いてくれ。迷惑だろうが、聞いてくれ。」と、執念《しゅうね》くさっきの話を続け出した。
俊助も今度は約束した手前、一時を糊塗《こと》する訳にも行かなかった。
「あの女は看護婦でね、僕が去年の春|扁桃腺《へんとうせん》を煩《わずら》った時に――まあ、そんな事はどうでも好い、とにかく僕とあの女とは、去年の春以来の関係なんだ。それが君、どうして別れるようになったと思う? 単にあの女が僕に惚れたからなんだ。と云うよりゃ偶然の機会で、惚れていると云う事を僕に見せてしまったからなんだ。」
俊助は絶えず大井の足元を顧慮しながら、街燈の下を通りすぎる毎に、長くなったり短くなったりする彼等の影を、アスファルトの上に踏んで行った。そうしてややもすると散漫になり勝ちな注意を、相手の話へ集中させるのに忙しかった。
「と云ったって、何も大したいきさつがあった訳でも何でもない。ただ、あいつが僕の所へ来た手紙の事で、嫉妬《やきもち》を焼いただけの事なんだ。が、その時僕はあの女の腹の底まで見えたよう
前へ
次へ
全105ページ中96ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング