ヘ大井の手をとらないばかりにして、入口の硝子戸《ガラスど》の方へ歩き出した。と、そこにはもうお藤《ふじ》が、大きく硝子戸を開《あ》けながら、心配そうな眼を見張って、二人の出て来るのを待ち受けていた。彼女はそこの天井から下っている支那燈籠《しなどうろう》の光を浴びて、最前《さいぜん》よりはさらに子供らしく、それだけ俊助にはさらに美しく見えた。が、大井はまるでお藤の存在には気がつかなかったものと見えて、逞《たくまし》い俊助の手に背中を抱えられながら、口一つ利《き》かずにその前を通りすぎた。
「難有《ありがと》うございます。」
大井の後《あと》から外へ出た俊助には、こう云うお藤の言葉の中に、彼の大井に対する厚情を感謝しているような響が感じられた。彼はお藤の方を振り返って、その感謝に答うべき微笑を送る事を吝《おし》まなかった。お藤は彼等が往来へ出てしまってからも、しばらくは明《あかる》い硝子戸の前に佇《たたず》みながら、白い前掛《エプロン》の胸へ両手を合せて、次第に遠くなって行く二人の後姿を、懐しそうにじっと見守っていた。
三十四
大井《おおい》は角帽の庇《ひさし》の下
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