ヘボヘミヤンだ。君のようなエピキュリアンじゃない。到る処の珈琲店《カッフェ》、酒場《バア》、ないしは下《くだ》って縄暖簾《なわのれん》の類《たぐい》まで、ことごとく僕の御馴染《おなじみ》なんだ。」
 大井はもうどこかで一杯やって来たと見えて、まっ赤に顔を火照《ほて》らせながら、こんな下らない気焔を挙げた。

        三十一

「但し御馴染《おなじみ》だって、借のある所にゃ近づかないがね。」
 大井《おおい》は急に調子を下げて、嘲笑《あざわら》うような表情をしたが、やがて帳場机の方へ半身を※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》じ向けると、
「おい、ウイスキイを一杯。」と、横柄《おうへい》な声で命令した。
「じゃ、至る所、近づけなかないか。」
「莫迦《ばか》にするな。こう見えたって――少くとも、この家《うち》へは来ているじゃないか。」
 この時給仕女の中でも、一番背の低い、一番子供らしいのがウイスキイのコップを西洋盆《サルヴァ》へ載せて、大事そうに二人の所へ持って来た。それは括《くく》り頤《あご》の、眼の大きい、白粉《おしろい》の下に琥珀色《こはくいろ》の皮膚《ひふ》
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